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本より [Books]

あなたは何者ですかと聞かれたときに、

私に答えることのできるどんなことばがあるだろう。

私は言葉の代りに、百五十冊の本を並べなければならない。

これが私です、ということができるか。

どの一冊を取り上げてみてもそれが目に見えないものから、

目に見えるものに形を変えるときに、私の中を通過して行った。

それが体内に止っている間、私は病気にかかったようになり、

その苦しみから回復するために自分の体力、

経験、知識などをありったけかき集めて役立たせた。

それが通過していく時の痛みに似た感覚を、私は忘れることができない。

このとき私はこのようにしかこの本を造ることができなかったのだと思う。

でも、それがこうして並べられたとき、私の何を語っているのだろう。

本当の仕事とはできあがっている壁に絵を描くことではない、と思う。

壁はおろか、家もなく地面さえないところから、それははじまる。

足の下に地面のない恐ろしさに、耐えられないと感じたり、

隣の家はどっちを「天」にして立っているのか気になったり、

今日こそはこっちが東とわかったつもりになったり、、

うろうろきょろきょろしながら、

こうしてこつこつと本を造りつづけていることで、

十年たち、十五年たちして行くうちには、

それが、土台石の一つぐらいにはなるだろう。

床ができたら死んじゃった、ということになったとしても、それは止むを得ない。

栃折久美子「製本工房から」冬樹社―「装幀という仕事」より抜粋

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本より [Books]

古本屋というのはどこの国でも何か似ているものなのだろうかと私は思った。

ひっそりと音を吸い込む本。

古びた紙のにおい。

本を通過していった無数の人の、密やかな息づかい。



数日前の雨を残したような、

静寂に活字が沈み込んだような、あのなじみ深いにおい。



そうして私は、薄暗いパブの片隅で気づく。

かわっているのは本ではなくて、私自身なのだと。

ケーキの代金を節約したむすめは、家を離れ、恋や愛を知り、

その後に続くけっしてうつくしくはない顛末も知り、友達を失ったり、

またあらたに得たり、かつて知っていたよりさらに深い絶望と、

さらに果てのない希望を知り、うまくいかないものごとと折り合う術も身につけ、

けれどどうしても克服できないものがあると日々確認し、そんなふうに、

私の中身が少しずつ増えたり減ったりかたちをかえたりするたびに、

向き合うこの本はがらりと意味をかえるのである。

角田光代「さがしもの」-「旅する本」より

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詩集より [Books]

古い版画

彼は古い版画を

たった1枚買って来た

それを狭い書斎にかけ

遠ざかる滞在の日を追っていた

私は羨んだ

版画が欲しかったのではなく

その追憶の時が

妙に美しく思われた

版画の中の農夫は

羊飼いの娘と

話し込んでいた

串田孫一「音楽絵本」-「古い版画」より

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詩集より [Books]

立川で免許の更新、

秋から通っていた歯医者も終わる。

国分寺へ出て銀行に行く。

丸井に寄ってユニクロ、無印ロフトなどを見て本屋へ。

図書カードを貰ったので何か買うつもりだったけれど

欲しい本が色々あって、チェックだけして帰る。

科捜研の女(再放送)を見たあと台所に立つ。

玉ねぎと人参をみじん切りにして炒めオリーブとマッシュルームを入れ、ホールトマトと煮込み、

コンソメとローリエを入れてミートソースを作る。

今日の鯛焼きは優しそうに笑っていた。

鯛焼き2.JPG

それは突然におとずれた

夕暮れに

家の前を掃除していたとき

あのほんとうにあかい空の暮れに

見覚えのある人が溶けてゆく

沈まりと失意を 心残りとやすらかを

いま少しばかりの形容のように

間断なく撃ちつけた

たとえば電話のむこうの

声にこたえていた日々は

いってしまったのだと

佐久間紀次「ユリウス暦の農閑期に」-「撃の葦」より

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詩集より [Books]

大都会の夜は燈火にかがやいているが

街灯のないくらい道が少なくない

そこを通るとき

人々は胸のなかに一点の灯をともさねばならぬ

その灯はくらい道を明るくはしないが

人々のくらい内部を明るくする

そしてこのことが

くらい さびしく 怖ろしい道を通る勇気と知恵とを

人々に与えてくれる

都会の夜はいよいよ明るくなるかもしれないが

くらい道は決してなくならない

そして 人々は胸の中の灯を

いつまでもともしつづける

井手文雄「ガラスの魚」―「くらい道」より

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